立国は公にあらず私なり -第53号-

石原さんは、本当に国のことを思い、立ち上がってくれました。
橋下さんとのコンビで日本の、中央主権の官僚国家を変えるために。
まさに、平成の龍馬です。
私が経営していた予備校が、秋山兄弟生誕地のすぐ近くにあったので、真之ゆかりの古い柔道場の縁側に、夜一人で座り「日本をどうすればよくなるか」を、いつも考えていました。
いくらよいと思っても、正しいことが通らないのは、中央官僚制度のためと、みんなが分かっているのにできない。
どうしてだろう。

ある日、「そうだ、クリントンに頼もう」という考えがひらめききました。
クリントンなら、しがらみがなく、アメリカのいうことなら聞く日本の私利私欲のリーダー達には、一番効果があると思いました。
そこで、クリントン前大統領に、パソコン教室の生徒達に頼み、「HELP JAPAN」のメールを、ホワイトハウス宛に、約1,600通送りました。
具体的には、特別補佐官になってもらうことです。
2年間くらい、国の経営を、ビルゲイツやカルロス・ゴーンなどの外国人チームに、任すということです。(ゴーンさんは、日産をV字型回復させました)
それから私たちの具体的な行動として、平成13年10月21日、100名の社員と共に、東京へ国会請願デモを行いました。
百姓一揆の出で立ちで、竹やりを持ち、坂本公園からスタートし、東京駅の前を通り、「子供たちに借金を残すな」「聖域なき構造改革の断行」を掲げて、行進いたしました。訴状は、小泉首相に渡しました。
H13年8月12日に行われた、松山まつりでも、「新世紀一揆」のタイトルで出場し、準優勝でした。
その時、中村市長に訴状を渡した内容は「市役所の民営化」でした。読売新聞にも毎年1月に一面で、一揆シリーズを掲載しました。
2005年8月27日には、「僕達に借金を残すな」のスローガンを掲げて、松山で、子供たちだけ(350人参加)の一揆デモを行いました。
また2005年と2007年に、日比谷公会堂で行われた、平成幕末世直し劇にも、2回出演させていただきました。
それから私は塾を引退して、2006年から、井戸掘りのための資金づくりとして、世界地図の普及を始めました。
世界の人々の人生を変えるキッカケになることを信じて、私たちの作品を、世界に普及したいと思っています。
私は相変わらず、自分の出来る範囲で、今も国の事を真剣に考えています。
世界地図をベースに、龍馬の「日本を今一度洗濯いたしたく候」の世界地図は、いまの仕事における、私のささやかなメッセージです。 今日本は、四面楚歌のピンチに陥っています。
もし日本が国家倒産した後で、子供たちから「お父さんは倒産しそうになったとき、何をしていたの」と問われたら、きっちり答えられるようにしておきたいものです。


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