我死せど 強く生き抜け 秋山桜 -第31号-

先日お会いした小暮達郎さんの、母の日を前に書かれた1枚の文章が目に留まりました。横浜にある野口英世の旧細菌検査室の保存運動の件で、お母さんを中心とした活動により、保存されたという事でした。

私たちも平成12より秋山兄弟生家跡に真之ゆかりの柔道場を壊し、大きな箱物の記念館を造るという計画に反対し、全国から11,000名の署名を集め、愛媛新聞やマスコミの後押しもあり、皆さんのおかげで保存に成功しました。

それから1年ぐらいして整備委員会が発足し、今度は桜の木を切って駐車場にしようとする案には孤軍奮闘反対したおかげで、道路沿いの3本は切られてしまいましたが1本だけ残りました。本当にこの時は嬉しかったです。今年も満開の花を咲かせてくれました。まさに感無量です。私の思い出として自分勝手にこの桜の木を秋山桜と名づけました。

あと何年、私はこの桜の木を見ることが出切るか分かりませんが、強く生き抜いてほしいと祈っています。


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